| 織田信長の意思をついで大阪を拠点に天下統一を成し遂げた豊臣秀吉は、1583年に大坂本願寺のあとに大阪城を築城し、ここを居城とした。ついで東横堀川、西横堀川、阿波堀川などをつくり、下水道をはりめぐらせ、海運・水運の拠点として大坂の名を不動のものに。今の船場周辺の町並みや屋敷の区割りベースは、この当時の都市計画の名残。また秀吉は、各地から腕ききの商人を移住させ、木綿や油、薬種、金属加工などの産業の集中を図った。さらに海外交易にも力を注ぎ、商人たちは商談のため東南アジアを往来し、まさに大坂は世界でも有数の大都市、商都として黄金時代を迎えた。しかしながらこの大阪城と城下町は、1611年の大坂冬の陣、1615年の夏の陣で、焦土と化してしまう。 |