OSAKAを知って、感じて

食べる

チャレンジ精神とあくなき探究心「食の都」

 「食の都」といわれる大阪には、街のいたるところに、さまざまな味があふれています。たこ焼き、お好み焼き、うどんから高級懐石料理まで。見た目にもあでやかな日本料理から、シェフたちが自慢の腕をふるう世界の味まで。どの店も創意工夫を凝らし、独自の味とスタイルを追求しています。

 大阪で「食」がこのように発展してきたのは、まず大阪の地が古くから水上交通の要衝であったことがあげられます。近世には経済・商業活動が活発となり、諸国から多彩な食材が集まります。また良質の漁場であった大阪湾をひかえていたことも大きな要因の一つです。

 食材の一大集積地としての大阪には、北海道から北前船により大量に昆布が運び込まれるようにもなり、進取の気風に富んだ大阪人は、昆布と鰹のうまみを融合させ「合わせだし」の文化を作りだします。以来、伝統的な食文化を継承しながらも、チャレンジ精神旺盛なスタイルと食へのあくなき探求心が、大阪の食と味に厚みを加えていくことになります。

 他にもチャレンジ精神が生み出したものに、洋食屋で考案された「オムライス」、二寸六分の懐石といわれる「箱ずし」、大阪から世界に普及したという「しゃぶしゃぶ」をはじめ、インスタントラーメン、レトルトカレー、回転寿司などがあり、大阪は斬新な「食」を数多く"発明"し、世に送り出しています。


■お好み焼き

お好み焼き

 そのルーツには諸説ありますが、最も有力なものは江戸時代、溶き粉をクレープ状に焼き味噌をつけた「麩の焼」といわれています。お好み焼きの名称が広まったのはソース味が定着したといわれる昭和10年代ころ。肉類、魚介類、もち、そば、チーズ…お好みなものを入れて焼く「お好み焼き」は大阪庶民のソウルフードです。

■たこ焼き

たこ焼き

 「粉もん(粉もの)」とは小麦粉を使った料理のこと。「お好み焼き」と双璧をなすのがこれ。具としてコンニャクや豆、肉を入れていた「ちょぼ焼き」「ラジオ焼き」に、明石焼と同様に「たこ」を入れたのが始まりといわれます。現在はソース味が主流ですが、当時は粉を溶いただしと醤油味だけでソースも何もかけずに食べさせるのが主流だったとか。

■伝統野菜

 江戸時代、盛んに作られていた「なにわ伝統野菜」が近年再び注目されています。添加物や農薬、遺伝子組み換え作物といった食物が消費者から敬遠されるとともに遠距離輸送の問題やスローライフ運動などにより地場産ものへの回帰意識(地産地消)が背景にあるといわれています。代表的なものに、大阪しろ菜、毛馬きゅうり、勝間(こつま)南瓜、田辺大根、天王寺蕪などがあり、その中でも天王寺蕪は、漬物で有名な野沢菜のルーツとも言われています。

■大阪寿司

大阪寿司

 箱寿司、押し寿司ともいう大阪寿司は酢や昆布でしめた魚を使い、木型に入れて作ります。サバを用いた押し寿司は「バッテラ」。バッテラとはポルトガル語で船(バッテーラ)のことで、当初コノシロを酢でしめて半身を鮨にしたところ、尾がピンと上がってボートのように見えたところからこう呼ばれるようになりました。

■てっちり

てっちり

 大阪は、ふぐの全国流通量の6割を消費します。もちろん日本一。鉄砲にあたると死ぬことから、ふぐを「鉄砲(鉄)」と、大阪人らしいしゃれ言葉で呼んだことから、ふぐのちり鍋料理を「てっちり」と呼ぶようになりました。また、ふぐの刺身はふぐさしとはいわず「てっさ」といいます。