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ものづくりへの自負「商都の誇り」

 大阪が大都市としてその地位を確固たるものにしたのは、明治期に入ってからのことです。

 江戸時代に諸国との交易をもとに物流の拠点になったことに加え、精錬、土木、鋳物、織物などの伝統的な「ものづくり」技術の蓄積もあり、明治以降に紡績業を中心とした工業都市へと発展し、「東洋のマンチェスター」といわれるようになります。

 また江戸時代に、船場(大阪の中心あたり)道修町を中心に営んでいた和漢薬の薬種業が、明治以降は洋薬の輸入に取り組み、独自の試験場や製薬工場を設け、製薬メーカーへと成長しました。こうした薬種業の発達は、新規事業を生む基盤を生み出し、現在のバイオ産業の礎となったともいわれています。

 「ものづくり」への自負と誇りが、ロボットテクノロジーやバイオ産業といった分野で今も連綿と受け継がれています。

 一方で、大阪を中心とした関西は鉄道網の普及も全国トップクラス。私鉄の延伸とともに、沿線では都心とまちを結ぶネットワークが形成され、郊外のまちは自然環境に恵まれた中に、百貨店や遊園地などがつくられる独自の都市体系が築かれてきました。

 高度成長を遂げた日本において、「暮らしを豊かにしたい」という経営理念を掲げ、新しい家電製品を次々と世に送り出し、家電ブームを牽引し、日本企業のグローバル化の先駆けとなった企業の多くも大阪発。

 総合スーパーの全国展開をもとに、古い流通体制の変革を実践し、流通業界の地位向上に貢献したのも、「商都」といわれた大阪からの出発でした。


ふれあいを元気に変える商空間

【天神筋橋商店街】
天神筋橋商店街

 大阪天満宮の参道だった通りに飲食店や衣料品、日用品を供した店が集まったのが始まりとされ、大阪の庶民の暮らしを支える600もの店舗が、南北2.6キロメートルにわたって軒を連ねる日本一長い商店街として、全国的にも有名。

 戦後、大型店や百貨店等の影響もあり、さびれる商店街も少なくないなか、商店街を体験型スポットと位置づけるとともに、「天満天神繁昌亭」、「大阪くらしの今昔館」、「キッズプラザ大阪」といった観光資源も周囲に抱え、ユニークな活動を広げています。

【千日前道具屋筋商店街】
千日前道具屋筋商店街

 料理道具・厨房道具の専門店が軒を連ねる商店街。飲食店を開店するときの必要なものはなんでもそろうといわれています。店先に並ぶ食品サンプルはユニークなお土産として人気を集めています。

 この食品サンプルの発祥も大阪という説もある。昭和初期から食品サンプルづくりに取り組んできたいくつかの企業は、業界トップレベルの技術を携え、後継者の指導・育成も積極的に行っています「森野サンプル」もその一つ。質感を重視したサンプル作りは、実物から型を取っています。

【大阪市中央卸売市場本場】
大阪市中央卸売市場本場

 江戸時代以降、人口が増加し、「天下の台所」として大阪の町が栄えるにつれて、庶民の暮らしを支え、昭和のはじめまでにぎわった有名な市場に「天満(青物)」、「ざこば(雑喉場):鮮魚」、「靭(うつぼ)」、「木津」、「難波」などがありました。大正12年の中央卸売市場法の制定を受けて、同14年に開設許可を得て、昭和6年(1931)に現在の位置に開場しました。

 取扱高は東京都の築地市場に次いで国内第2位。全体の約半分にあたる商品が大阪府外に出荷されています。

 広く中央卸売市場を知ってもらいたいということから、一般の方や修学旅行生らを対象に市場見学を実施しています。年間約12,000人の方が市場を見学されています。