
現在、大阪では世界にも稀な都心部を囲む川を「水の回廊」と位置づけ、船着場の整備や水辺周辺のライトアップなど、川や水辺のにぎわいを取り戻そうとするさまざまなプロジェクトが進行しています。
大阪では、生命の源である水、人間活動の場としての川をいま一度見直し、大阪が誇るべき資産である「水の回廊」を活用して、「水都大阪」再生の街づくりムーブメントが動き出しています。
なぜ、大阪が水の都と呼ばれるのか。その歴史を紐解き、“水都大阪”を復興させるためのさまざまな取り組みをご紹介します。
古代、現在の上町台地に位置する難波津に都がおかれ、ここを拠点に瀬戸内海各地や九州、さらには大陸との交易・交流によって、新しい技術や文化が大阪に持ち込まれました。
その後、豊臣秀吉が大阪城の外濠として東横堀川を掘ったのを皮切りに、戦国時代から江戸時代まで、都市開発とともに数多くの堀川の開削が盛んにおこなわれ、縦横無尽に広がる堀川は物流の動脈として、「天下の台所」を支える重要な役割を担いました。
北海道や江戸と畿内を結ぶ北前船や樽回船だけでなく、京都や奈良へは淀川や大和川を伏見舟や三十石舟が行き交い、「天下の貨七分は浪華にあり、浪華の貨七分は舟中にあり」と記されるほど、大阪は経済都市として、また水の都として活況を呈していました。
大阪が「天下の台所」とよばれた理由の一つに、各藩が大阪に蔵屋敷を設けていたことが挙げられます。その多くは水運に恵まれた堂島、中之島付近に集中し、船が川から直接屋敷内に入れるように、水門を設けられているものもありました。
水の都大阪には多くの橋が架けられていますが、古くは「猪甘津(いかいのつ※)に橋渡す」「號(なづ)けて小橋(おばし)といふ」と日本書記に記されている1500年前までさかのぼることができます。
江戸時代には「江戸八百八町」に対して「浪華八百八橋」とうたわれていました。実際には市内の橋は200橋程度だったようですが、大阪を舞台にした浄瑠璃や芝居、大阪の名所を描いた錦絵「浪花百景」などにも、橋は数多く描かれ、川とともに橋が大阪を象徴する存在であったことがうかがえます。
戦後、モータリゼーションの発達で、川や堀が埋め立てられ、橋もなくなっていきましたが、今日でも心斎橋や四ツ橋、長堀橋など、主要な地点に橋の名が多く残されています。長い歴史の中で、川は人びとの暮らしに欠かせないものでした。
※猪甘津(いかいのつ):現在生野区に、猪飼野(いかいの)という地名が残っています。
難波津の時代、「天下の台所」と呼ばれた江戸時代、そして「東洋のマンチェスター」と称した近代に至るまで。縦横に開削された堀川から、どれほどの恩恵を私たちが受けたのか、はかりしれません。そんな川が育んだ街・大阪を今一度、水の都として再生する取り組みが始まっています。
大阪の中心部に川でできたカタカナの「ロ」の字があることをご存知ですか?
大阪市の中心部に位置する、堂島川・土佐堀川・木津川・道頓堀川・東横堀川がロの字型の回廊を作っています。このような水の回廊が都心にあるのは、世界的にも珍しいと言われています。
現在、大阪ではこの水の回廊を中心に水辺を活かした整備やにぎわいづくりが進められています。2008年3月には水陸の交通ターミナルとして整備する八軒家浜船着場、また2008年5月には福島港が開港し、その背景のほたるまちも街びらきを迎えるなど水辺を意識した民間開発も盛んです。特に大阪の歴史・文化の代表的なゾーンである、ロの字の上部にあたる中之島エリアにおいては、2010年7月に中之島公園が親水性の高い公園として再生され、水の都大阪のシンボルともいえるエリアを形成しています。
このように人がにぎわう拠点の整備が進められるなか、2009年8月から10月の52日間、水の都・大阪の復興を広く伝えるために、シンボルイベントとして「水都大阪2009」が開催されました。
親水性の高い中之島公園などを会場として、アーティスト工房や体験型アートプログラム(ワークショップ)、灯りで会場を埋め尽くすプロジェクト、アート舟の巡航や橋梁ライトアップ、船着場での朝市やリバーマーケット、近代建築はじめ川や橋梁などを巡る水都アート回廊、舟と水辺を組み込んだまちあるきなど、水の回廊を中心として市内各所において川と人をつなぎ、水辺の楽しさを再発見できるさまざまなプログラムが展開されました。
このイベントでは、川に背を向けていた建物が改修され、北浜地区に常設の川床が誕生するなど、市民参加が促され、まちづくりの機運の高まりが見られました。
このイベントを契機として育まれたネットワークや新しい仕組みを今後につなげ、人間活動の場としての川を礎に美しい水の都・大阪を復興させていくための取り組みが、また新たに始っています。
水都大阪2009公式記録 |
概要編(PDF:3.45MB)はコチラ> |
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| 写真編/見る記録(PDF:6.27MB)はコチラ> | |
| 資料編/読む記録(PDF:2.7MB)はコチラ> |
「水都大阪2009」は、水の都・大阪の魅力を広く伝えるとともに、未来の大阪の街づくりに向かって歩み出す大きな一歩となりました。このイベントをきっかけとして生まれたムーブメントと市民の力を結集したまちづくりを継続させて、内外に向けた水都大阪のブランドを発信していくため、大阪府、大阪市、経済界、に市民・NPO等が加わり、水都大阪の実現を推進する大阪モデル実現に向けた活動が2010年から始まっています。
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